#01 穂村弘『シンジケート』


初めて火を見たときの気持ちを覚えているだろうか。ふと見かけたマネキンの手首が何故ないのか、考えた事は?一人の歌人はこう表現した。

 

呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる

彗星をつかんだからさマネキンが左手首を失くした理由は


記念すべき1冊目は、現代短歌に興味がある人なら大体知っているであろう穂村弘の『シンジケート』である。1895年に作詩を始め、1986年に連作『シンジケート』で第32回角川短歌賞次席(トップは俵万智だった)。1900年に本作を出版しデビューに至る。ちなみに私の手元にあるのは2006年初版の新装版だ。二人の水兵がパイプを咥え、笑顔で自分の手首の入れ墨を指差すイラストが印象的な表紙である。

穂村弘はファンの間で「ほむほむ」と呼ばれている。呼んでいるこっちが脱力するようなあだ名だ。なぜ50歳を過ぎた男性がこんなあだ名で呼ばれ続けているのかは、氏のエッセイを読めば納得がいくことだろう。さくらももこ的な笑いに近いだろうか、素直でトホホで愛らしい中年男性の日常が綴られている。多くの読者が「あなたはどこの私ですか」と思うのではないだろうか。しかし、短歌の印象はどうだろう。私は穂村弘佐藤真由美『恋する歌音』という、色々な歌人の短歌が載っている本で知った。その時の穂村弘の印象は「ハードボイルドな男」である。「ほむほむ」と「ハードボイルド」。思わず笑ってしまいそう、とまでは言わないが大分離れたイメージである。

 

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は


女の腹なぐり続けて夏のあさ朝顔に転がる黄緑の玉

                      

この二首を読んだとき、私の中で穂村弘北方謙三のような顔になったのだ。今思えば、「ほんとうにおれのもんかよ」の全て平仮名具合は男の弱さや情けなさが出ているのかもしれない。それでも「女の腹なぐり続けて」とくれば怖いだろう。当時女子高生だった私からすればDV男にしか思えなかった。性的な解釈など思いもよらなかった(解釈の正解は未だに知らないが)。

そしてようやく本書『シンジケート』だ。先にエッセイを数冊読んでから着手したので、「ハードボイルド」からは大分イメージが和らいでいる。穂村弘は、かなり乙女である。雑誌「オリーブ」が好きで、ユーミンが好き。女性には守ってもらいたい。そんな人間性を知れば、以下のオチャメ具合も頷ける。

 

「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」


「とりかえしのつかないことがしたいね」と毛糸を玉に巻きつつ笑う

 

本書には短歌の他にも、夢とも詩ともエッセイともつかない不思議な「ごーふる」という作品が収録されている。不思議ではあるが、日常生活の中でふと頭をよぎった気づき、普通はそのまま忘れてしまうようなことがさりげなく織り込まれており、作者の観察眼や心の網の目の細かさに思わず唸ってしまう。そういった視点を笑いに昇華するのが上手い作家と言えば、芥川賞受賞で話題の又吉直樹だろう。彼とも『蚊がいる』というエッセイ集で対談している。その未来に繋がる点の一つであろう一首を引用して、初回の積ん読消化を終えたい。

 

恐ろしいのは鉄棒をいつまでもいつまでも回り続ける子供

 

書名 :シンジケート
著者 :穂村弘
発行 :2006年08月 初版
発行所:株式会社沖積舎